「今学びたい明治人の気概」 おすすめ度:
投稿日:2001-01-21
高峰譲吉は1854年(嘉永7)富山県高岡の蘭方医の家に生まれ、金沢で育った。1879年、工部大学校(現東京大学工学部)を卒業(第一期生)し、翌年から英国留学。帰国後、農商務省に勤務。米国ニューオーリンズ万博に出張の際、現地でキャロラインと婚約。自ら創設した人造肥料会社を30歳台半ばで捨てて、米国に流出。今でいうベンチャービジネスを興し、イリノイ州の田舎町で胃腸薬「タカジアスターゼ」を開発。その後、ニューヨークに移住し、小さな実験室で若い助手、上中啓三の協力を得て、「アドレナリン」の抽出に成功。これは世界で最初に見出されたホルモン物質である。これらの業績で巨万の富を築き、晩年には私財を投じて日米の民間外交に尽くし、1922年、67年の生涯を閉じた。――このような、たくましい明治の国際人の華麗な一生を、フルブライト同期留学生同士の著者たち、飯沼和正(科学ジャーナリスト)と菅野富男(生理学者)が協力して、丹念に描き出した。この伝記は、高峰を賞賛するだけでなく、その欠点をも客観的に記し、教訓としているところがよい。アドレナリンの特許権が切れた頃から、米国と日本ではアドレナリンが「エピネフリン」と呼ばれてきた。その陰にあった米国薬学者による「高峰の盗作」説が、この本の著者たちの提案で正されようとしている。「アドレナリン」の名称の復権の近いことを祈る。